体外受精や顕微授精の専門クリニックである六本木レディースクリニック。ここでは不妊検査やタイミング指導、人工授精といった一般不妊治療から高度生殖補助医療までをおこなっています。
今回は、総合病院での6年のキャリアを経て六本木レディースクリニックに入社し、胚培養士として働いている松尾さんに、胚培養士としてのお仕事の魅力やクリニックの様子、生殖医療の今後などを伺いました。
最新の機械や新しい技術の導入、十分なスタッフ数。キャリアアップを考えて探した転職先
松尾さんは「胚培養士」をされているそうですね。「胚培養士」…聞き慣れない言葉です。
胚培養士の仕事は、クリニックで患者さまから精子と卵子をお預かりして、受精し、移植までの間、受精卵(胚)を大切に保存することです。
大学は農学部出身で、研究室でウシ卵子の体外受精や培養液について研究し、大学の授業でも生殖工学や解剖学、生理学などを幅広く勉強していました。
研究室の先輩に胚培養士がたくさんいた関係で、大学在学中に話を聞く機会が多く、生殖医療に興味がわいたんです。生殖医療は未知の領域で、日進月歩の勢いで進化しています。生命が生まれる一番最初の段階に関われる仕事に惹かれました。
具体的にどのようなことに魅力を感じたのでしょうか。
妊娠は、もともと自然の中で起きること。それを人の手、つまり胚培養士が精子を選んで、その中に卵子を直接注入して顕微授精させ、妊娠につなげるってすごいことだと思っていて。
培養に成功し、移植に成功し、赤ちゃんになってこの世に生まれてくれる…、本当にやりがいのある仕事だなと思います。胚培養士としては、私が顕微授精した卵、移植した卵が赤ちゃんとしてこの世に生まれていることが、この仕事の一番の誇りです。
誇りをもってお仕事されているなんて素晴らしいですね!大学は農学部とのことですが、そこからどのような職歴をたどられたのか教えていただけますか。
大学を卒業してから、福岡県の総合病院に入社して、そこで胚培養士として6年間働きました。
総合病院だったので産科も小児科もあり、胚培養士として出生に関わらせていただいたお子さんと予防接種の際にお会いできたときは嬉しかったです。
きっとやりがいを感じられる職場だったんでしょうね。でもなぜそこを辞めて、六本木レディースクリニックへ転職されたのでしょうか。
前の病院は胚培養士の人数が少なく、多いときで5名、少ないときは2名体制でした。スタッフが少なければ、ひとりで抱える仕事が増えるとともに、ストレスも増えます。そのためか、培養室の雰囲気はあまり良くありませんでした。トップダウンで意見も言えず、業務が効率化されていなかったために作業がやりにくく、結果的に新人も定着しない。さらに、症例数も少ないために10年以上、培養室の機械も更新できていませんでした。
胚培養士として成長していくためには、もっと違う環境に身を置かなくてはと考えるようになっていったんです。新しい機械や働くスタッフの人数と経験値、採卵件数など、いい環境の培養室で働いたほうが自分にとってもいいからです。
そこで、福岡県にこだわらず、県外のクリニックにも広く目を向けて転職活動を始めました。
胚培養士としてのキャリアアップを考えての転職だったんですね。転職先はどのように探されましたか。
転職するなら自分が患者としても通いたいクリニックかつ、友人や家族にお勧めできる所に就職したいと思ったので、まずはホームページがユーザーファーストであるか、スマホ対応になっているかをチェックしました。
また、当時コロナ禍でボーナスが0になった胚培養士の話を聞いていたので、経営基盤がしっかりしている企業にこだわって転職先を模索しました。
一番大事だと思ったのは職場の雰囲気です。これだけは、自分の目で見て確かめないとわかりません。そこで、気になったクリニックは必ず培養室の見学をさせてもらい、クリニックの雰囲気や機械の数を確認し、実際働いているスタッフにお会いするようにしていました。
転職活動をしていらっしゃる方の参考になりそうな具体的なアドバイスをありがとうございます!そんな松尾さんの目に、六本木レディースクリニックはどう映りましたか。
六本木レディースクリニックは、最新の機械(ピエゾICSIやレーザーAHA)が多く備えられていましたし、年間症例数の多さ、経験豊富なスタッフの多さ、見学させていただいた時に受付カウンセラーや看護師さんが柔らかい雰囲気だったのがよかったです。そしてなにより、培養室の風通しがよく、みなさんとても楽しそうに働いていたのが印象的でした。
他のクリニックに見学に行くと、胚培養士さん同士の強い言葉のやりとりがあったり、ギスギスした雰囲気だったりすることもよくあるんです。それは職業柄、ある意味仕方のないことでもあって。胚培養士という仕事は「自分がこの卵を落としたらダメになってしまう」という緊張感を持ちながら作業をするので、どうしてもピリピリしがちなんです。
でも六本木レディースクリニックの培養室には、そんなギスギス感が全く感じられなかった。「私はここで働きたい」と素直に思えました。
教育制度も充実し、信頼される医療環境。「第2子もここで授かりたい」とリピートされる理由がわかる
六本木レディースクリニックに入社されて2年ほど経ちましたが、職場はいかがですか。
初めは、入社後の研修が多くて驚きました(笑)。そのおかげで後輩へより良い指導ができるようになり、自分のモチベーションアップにつながったので研修に参加できてよかったと思っています。
また実務が始まってからも、仕事の進め方や、未経験で自信がない技術をプリセプター制度(※)で丁寧に教えていただけるので安心できました。
六本木レディースクリニックには経験豊富なスタッフがたくさんいるので、ピエゾICSIの手技を見せていただき、使わない卵で何度も練習をすることで受精率を上げることができました。
レーザーAHA(アシステッドハッチング)と呼ばれる技術も、新しいやり方を習得できたのは本当によかったです。
※プリセプター制度(OJT制度):入社後6か月間は、教育担当の先輩スタッフがつき教育を行うこと。
教育面では不安はなかったということですね、安心しました。他によかったことはありますか。
職場環境の良さですね。培養室は閉鎖的な空間。1日中同じメンバーで仕事をしているので、みんなが気持ちよく仕事できるように声掛けをし合うのはとても大切です。
クリニックにはコミュニケーション能力が高い人が多く、困っているスタッフには声をかけてフォローしてくれたり、頑張りを見ると褒めてくれたり。小さなことにも感謝の言葉が飛び交い、とても明るいんです。
話を聞いていると培養室のチームワークの良さが伝わってきますね!胚培養士同士ではどのようなコミュニケーションをとっているのですか?
何か新たな取り組みがしたいと思ったときに、胚培養士同士で話し合うことが多いですね。患者さまのためにできることがあればすぐに挑戦させてもらえるし、非効率な部分があれば提案しすぐに改善ができる環境が整っていると感じています。
たとえば、前培養の有無、培養液に経費を使えるかなど、培養室の運営は、クリニックによって考え方が異なる部分もあるんです。培養液は消費期限が限られているのに、非常に高額。短期間で培養液を入れ替えられるかどうかは、クリニックの大きさや規模、患者さまの数によって変わるのですが、ここでは「たとえ高額であっても、患者さまのためになるなら導入できるように調整しましょう」と言ってもらえるんですよ。
六本木レディースクリニックのこのスピード感、私はすごく好きです!
それは患者さまもきっと安心できますね。松尾さんがクリニックで働いていて嬉しかったことも教えてください。
「胚培養士」は、認知度が低い仕事だと思っていたのですが、患者さまからクリニックに寄せられるお手紙に、医者や看護師さんと並んで「胚培養士さんにも感謝しています」と書かれていることがありました。自分たちの存在が知られているんだと思えて嬉しかったです。
このクリニックには、第1子出産後に、第2子を希望されて来てくださる患者さまがかなり多いんです。2人のお子さんのお写真に「第1子も第2子も六本木レディースクリニックでお世話になりました」という言葉が添えられているのを見るたびに、こうして長い間愛されるクリニックっていいなと実感しています。
あとは最近、クリニックで開催したマイスター投票(※)の【チームワーク】で表彰していただけたこと。まさか自分がこのような賞をいただけるとは思っていませんでした。スタッフから「いつも声をかけてくださりありがとうございます」、「コミュニケーション能力の高さを見習いたいです」などと言っていただき本当に光栄でした。
※マイスター投票:職場で最も輝いたスタッフを投票で選ぶ制度のこと。
胚培養士は緊張感を伴う仕事。働きやすい勤務体系の中で、ミスの起こらないように業務改善を続ける努力
クリニックでは普段はどのようなスケジュールでお仕事をされていますか。
胚培養士の業務には、採卵、精子調整、裸化、IVF、ICSI、胚観察、胚凍結、胚融解、胚移植などがあります。どの業務をするかは前日に決められ、当日はその割り当てに従って仕事を進めていきます。
例えば「今日は採卵からだな」「今日は胚移植だな」という感じですね。通常の勤務時間としては8時から17時、月3回ある遅番では10時半から19時半に勤務に入ります。
六本木レディースクリニックの培養室はとても効率的なのでほとんど残業がなく、急な休日出勤もありません。そのため、退勤後や休日を自分のために時間を使えている実感があります。仕事が充実し、心のゆとりを持つことができるようになりました。
それはよかったです!仕事の大変さもお伺いできますか。胚培養士というお仕事に興味を持っている方は、きっと知りたいのではないかと思うんです。
胚培養士という仕事の大変な部分は、採卵から移植まで“常に気が抜けない作業が多い”ことですね。
本来、体内で行われる作業を体外で行うのが私たちの仕事。そのため胚の生育環境に注意を払い、できるだけ体内環境に近い環境を作り、受精卵に優しい作業を心がける必要があります。
具体的にどのようなことを心掛けているのでしょうか。
例えば、外の環境と比べて体内環境は酸素濃度、二酸化炭素濃度、ガス濃度が全く違うので、もともと卵巣の中にあった卵子をそのまま放置してしまうと細胞は死んでしまいます。そこで、採卵した卵子が元気でいられるように、インキュベーター温度やガス濃度管理をすることで体内とできるだけ同じ環境にしてあげるんです。
また、卵が元気な状態を保てるように質の良い培養液を使用したり、冷たい培養液を前日から温めて体温くらいの温かさに調整したりするなど、繊細ですぐ壊れてしまう小さな細胞を守るために、日々の準備や積み重ねが大切になってきます。
もちろん検体の取り間違いなどは絶対に起こしてはいけないですし、小さなミスが重大な事故につながる可能性があるため、胚の取り扱い時や移動時には細心の注意を払います。
20年ほど前、とある病院で別の患者さんの卵子を移植して妊娠させてしまった事故があったそうなんです。私はそれが本当に怖くて。業務を改善し、物品の準備や片付けがきちんとできていれば防げることだとも思っているので、私は確実に医療事故をなくすために、業務改善には力を尽くしています。
なるほど、そのために業務改善が必要なのですね。入社されて2年目とのことですが、松尾さんも改善提案をされることはあるのですか。
はい。例えば、受精の確認を、出勤後の朝一番ではなく、もうちょっと余裕をもって確認できる午後の時間に変更するという私のアイデアを採用していただけました。
以前の職場では自分で提案することはほぼなく、上司が決めたことに従う形が多かったのですが、六本木レディースクリニックでは、自分の提案を院長にも柔軟に受け入れてもらえて、自分が培養室運営に携わっている実感がありますし、働くモチベーションにつながっています。
「入社したばかりの私が意見を言っていいのかな?」と思った時期もあったのですが、院長や胚培養士の役職者からは「どんどん意見を言っていいんだよ」「ぜひ新しいやり方を提案して」と言ってもらえます。新人の小さな意見にも耳を傾けてくれるし、困ったことがあれば上司との個人面談で相談できるのもありがたいです。
患者さまも世の中も不妊治療に対してポジティブになれる未来のために働いていく
お話を伺っていると松尾さんはとても前向きな方だなと感じます。神経を使うお仕事で、症例も多くお忙しい中、仕事をする上で心がけていることあればぜひ教えてください。
私のモットーは“忙しいときほどご機嫌でいる”です。忙しくなるとイライラしがちですが、それを周りのみんなに悟られないようにしています(笑)。忙しくて、てんやわんやしてきたときほど、「なんか面白くなってきましたよ!」みたいな感じでモチベーションを高めています。
今、目の前にある課題を「やりたくない」じゃなくて、「これを乗り越えたらもっと成長できる」と思えるかどうかかと思っていて。「こんな面白い課題に出会えたんだ」という風に、マインドを変えるようにしています。
その考え方、私も見習いたいです!ちなみに不妊治療が保険適用になって患者さまが増えたそうですが、生殖医療は今後どうなっていくと思われますか?
不妊治療自体が、これまで高額な費用がかかる印象が高かったので、保険適用によってより多くの患者さまに来院していただけるようになりました。年齢の若い方の来院も増えているように感じます。
不妊の悩みはセクシャルな問題も含まれ、非常にデリケートですよね。「実は以前から不妊で悩んでるんだけど、こんなこと、胚培養士をしている松尾さんにしか言えない」と友達から打ち明けられたことも。でも実際は不妊治療を経て妊娠されている方はとても増えているんですよ。「誰にも打ち明けられない」という妊活のネガティブな部分が少しでもポジティブに変わって、不妊治療がもっと世の中に広がってくれればいいなと思います。
一方で、女性の社会進出が増えた今、“まだ結婚していない”、“今は仕事を頑張りたい”という方も多くいらっしゃいます。そんな方々に卵子凍結という選択肢を知っていただけたら、将来設計をさらに明るく思い描くことができると思います。胚培養士としてはそんな世の中になることを願うばかりです。
確かにそうですね。多くの女性に手を差し伸べるお仕事をされているんだと思うと胸が熱くなります。最後に、松尾さんの今後の目標も教えてください。
まずは業務改善を進めて、さらにレベルアップした効率的な培養室をつくっていきたいと考えています。現段階でも効率的だと思う培養室ですが、医師が増えたこと、卵子凍結助成金申請ができるようになったこと、東京都の開催している“TOKYOプレコンゼミ”の助成の影響で、さらに患者数の増加が予想されます。
いずれにせよ、これから症例数は増えていく傾向にあると思うので、忙しくても冷静に対応できるように、よりパワーアップした培養室をつくるのが目標です。
あとは学会で発表したいというのも目標のひとつ。採卵件数が多いということはそれだけ凍結胚数や移植件数が多いため、やりがいはもちろんのこと、学会発表のデータが取りやすいというメリットもあります。これは症例数の少ない前職では叶わなかったことでした。
六本木レディースクリニックの胚培養士は経験豊富なので、周囲の方に助けていただきながら積極的に学会での口頭発表に挑戦したいなと思っています。
学会に参加すれば、他のクリニックの研究や新しい取り組みを知ることができると思うので、それを培養室に持ち帰り、患者さまのために還元していきたいです。